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ついにカワセミダイブを見たぞ!

JUGEMテーマ:ゆる野鳥観察♪

 

ついにカワセミのダイブを見ました。双眼鏡です。

探していたものに巡り会えました。


 

1ヶ月ほど前でしょうか。
家の前の川にカモが3匹いました。
 

え、この川にも魚がいるのか!と思い、ということはカワセミがいるかもしれない!と期待するようになりました。
 

カワセミは、ものすごく綺麗な野鳥ですが、あまりに速く飛び、またスズメくらいの大きさなので、見ようとしていないと絶対に見えません。

 

下流より上流の方が遭遇するだろうと思い込み、滝やダム湖まで出かけるようになりました。

 

毎日登って来る叔父さんが、5年くらい前からもう何もいなくなった。カワセミも3年くらい見てないな、と言うのを聞いてガッカリしました。やっぱりダメなのか・・・。
しかし、セグロセキレイなどは飛び回っています。エサがないところには鳥はいないはずです。
 

 
観察しやすい場所を見つけ、カワセミ遭遇に期待しつつ、セキレイを観察していたその時、目の前を高速でカワセミらしきものが飛び去りました。
 

いる!
 

そして2日後。(つまり今日)


 
起床。ベッドの中。どうしようかな。探しにいこうかな?
いや・・・人間、考え始めるとたいていマイナスの選択をします。
やらない理由を探すのです。

しかし、思考を断ち切り、ジーパンに履き替え、双眼鏡を持って出発。行動しました。

 
現場に到着。さあ、いるか!と思った瞬間、目の前を高速飛行!来た!見えた!(何度も言いますが普通は見えません)
 

 
さらに待つこと、数分、ついに目の前10mあたりに飛来、岩の上に止まる。手が震える。双眼鏡が捉える。
(双眼鏡で遠くのものを探すのはめちゃ難しい)
 

 
やはり、カワセミだ!
 

そこからは、私の想いが通じたのか、大サービスの連続。ダイブして魚をキャッチ。クチバシの小魚まで見えました。
そのあと岩場を飛び跳ね、ついに目の前3mまで遊びにきてくれました。この時は、双眼鏡ではなくはっきりと肉眼で観察できたのです。
 

そして、最後に私の方をチラ見し、もうええか?と(確かに聞こえた)言って、また高速で谷間に消えていきました。
水面に引かれるブルーの飛行ラインはとても幻想的でしたよ。
 

 
 

HIROSHIMA

2016年5月27日に、アメリカ第44代大統領バラクオバマ氏が、広島を訪問したのは記憶に新しい。アメリカ大統領初だ。

 

 

ちょうど3年後にあたる昨日、第45代大統領のドナルドトランプ氏が新天皇陛下ご即位後の宮中晩餐会に参加された。そして、まさにこの日に、米国は突然、核兵器の臨界前核実験を行った。

 

 

広島の平和記念公園では、抗議の座り込みが行われたが、川崎・登戸でのあまりに悲惨な無差別殺人(犯人死亡により詳細は不明)により、そのニュースはかき消された。

 

 

何度も広島には行った。

平和記念資料館にも行った。その中で忘れられない写真は数多いが、14歳の男の子が、あまりに悲惨な状況の中で、

「僕はどうなってもいい、お母ちゃんを誰か助けて!」と

叫んだという記録と写真は、私の丹田に落ちた。その展示の前から動けなかった。

 

対象が母だからではない。年端もいかぬ子供が、自分ではなく、誰かの為に命を投げ出すというそのあり方に、脳天を突き抜かれた思いだったからだ。

 

近々、新しくなった資料館に行かなくてはと思っている。

この資料館に行く理由は、過去を悲しむためでもなく、未来に期待する訳でもない。

ただただ、自分がどう生きるかを確認するためだけだ。

風ふく道で

JUGEMテーマ:健康

 

前回の雨の話題から一転して風について考えてみました。実は私は風があまり好きではありませんした。無風も暑苦しいですが、ビュービューと吹き付ける風は、なんだか恐ろしい感じがしていました。ダイビングのイントラをやっていた時には、雨ではなんの問題もなく潜れますが、風が吹くと波がたち潜れなくなります。そういうこともあって、風が嫌だなあと思うようになったのかもしれません。

 
そんな時、盲目のバリトン歌手時田直也さんのエッセイ集を手にしました。タイトルが「風ふく道で」副題が「光の声をききながら」となっています。本の帯には、「風をきき、風を見、そして風を歌う」徹底して風なんです。最初は何も思いませんでした。ところが、ご著書を開き最初の1行で、私のこの浅はかな、エネルギーじゃじゃ漏れの、独りよがりの思い込みが吹き飛びました。
 
風がやってきた・・・・
こう書き出されたエッセイには、最初は父の目線で書かれています。時田直也さんが未熟児網膜症でお生まれになり、ご両親が何を見せても反応を示さなかった我が子が、5月のとある日、さあーと吹き抜けた風に手足をバタつかせて体いっぱいに喜びを表現した。それをみた時に、この子をしっかり育てていけると思ったと力強く記されています。
 
直也さんの原点はここにあります。風なんですね。目の不自由な直也さんは、5月の新緑は仰ぎ見れないでしょうが、春爛漫の心地よい風を肌で感じ、心の目で見つめ、そして、それをお歌にされて紡ぎ出す。風がエネルギーの源なのですね。
 
風が嫌いですなどと、したり顔で言うものではない。いや、風に限らずですね。人様の大切にしているものを、いとも簡単に踏みにじるような話を、自分の価値観を押し付けるしか意味のないフレーズを、何も考えずに(無意識で)吐露するものではありませんよね。
 
直也さんのエッセイ集には、1対1の関係性、自尊の念に目覚める瞬間など様々な気づきが網羅されています。そして、最後に、風は音楽であり、音楽もまた風です、と書かれています。直也さんの音楽は、まさに時には力強く、時には優しく私たちを包み込むいろんな顔をした風なんだなとあらためて納得した次第です。
 
皆さんにもこのエッセイをぜひ手にとっていただきたいと思いました。
こちらからご購入可能です。
時田直也さんホームページ http://naokaze.com/shop
 
 
 
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